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カテゴリ:MODS( 42 )

先月、<IVY STYLE>という海外のサイトに「Japanese Ivy Books Pinterest」と題された記事がアップされました。そこには日本のファッションについて最も明快に、鋭い視点から語ることができるファッション・ジャーナリストW. David Marx氏が手に入れたという、一冊の日本のアイビーブックが紹介されていました。


日本のアイビーブックで真っ先にその名が上がるのが、復刊してはあっという間に売り切れる写真集「TAKE IVY」だと思います。1965年に発売されたこの本は、60年代のアイビー8大学キャンパス(アメリカ合衆国のハーバード,イエール、ペンシルバニア、プリンストン、コロンビア、ブラウン、ダートマス、コーネル、の8代学を「アイビー・リーグ」と呼ぶ)を密着取材(写真:林田昭慶)した写真集であり、こうした学生たちのアイビー精神に基づく服装や日常スタイルを当時、何処よりも早く日本に紹介しました。


しかし、Marx氏が紹介したのはこちらの本でした。

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「着るか着られるか」(穂積和夫)



この「着るか着られるか」(穂積和夫)は、知る人ぞ知る(私も知らなかった)本で、「TAKE IVY」や「いつ・どこで・なにを着る?」( 石津 謙介) の発売の前年にあたる1964年に書かれており、日本で初めてこうしたスタイルを紹介した本としてアイビーファンのなかで知られているようです。中身は真面目な内容で、カバー袖に書かれてある下のこの文章からも伝わってきます。

服を作ったり、選んだり、着こなしたりする時には、あなたの仕事や生活と同様に、それなりの確固とした信念と主張をハッキリ押し出さなくてはならない。大袈裟に言えば、おしゃれは或る意味でその人の人生観や哲学のあらわれでもある。

著者の穂積和夫氏はアイビーボーイ図鑑で有名なイラストレーターですが、そこにはイラストに見るポップなタッチの面は一切無く、ひたすら硬派で、例えば”シナトラの真似して格好ばかりつけってプレイボーイになれるとは限らないのである”などの辛辣な言葉で切り捨てながら進行していきます。


さて、アイビーの話題で進んできましたが、モッズとアイビーの関係についてはどうでしょう?昨年発売された<The A to Z of Mod>にもアイビーについていくつか取り上げられています。そして一部のモッズがアイビーから影響を受けているのも事実です(この本に羅列されてあるものの中には、モッズが影響を"一方的に"受けたものも含まれており、アイビーについてもそうであるといえます。つまり、モッズは多くのものの中から自分たちの基準でチョイスして取入れていくというスタイルに対して、一方のアイビー側は、多くのものがそうであるように自分たちで完結するという付け入る隙がないスタイルなんですね)。


当時のミュージシャンでその例を挙げると、あのジョージィ・フェイムは、ソーホーのフラミンゴに集まったGIから影響を受けていました。髪型はジョン・F・ケネディーを真似て(カレッジボーイカットですね)、ロールした襟が特徴のボタンダウンシャツなど彼が着用したアイビースタイルの洋服は、オースティンズというアイビーショップで購入していました。ジョージィがその店に行くと、いつもローリング・ストーンズのチャーリー・ワッツがおり、大量に洋服を購入していたといいます。

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Georgie Fame

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John F. Kennedy



そんなアイビーの源流が、イギリスのオックスブリッジ(オックスフォード大学とケンブリッジ大学の併称)です。ケンブリッジを卒業したあの白洲次郎氏は、オックスブリッジアクセントで英語を話し、TPOにあわせて卒業校のレジメンタル柄のタイを締めたなどのエピソードで知られていますが、今や時代も変わり、イギリスでは上流階級の気取ったアクセントで話し、卒業した名門校のタイを締めている人などめったにいないのだそうです。

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白洲次郎






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『MODS MAYDAY NAGOYA 2013』


1990年に誕生して以来、毎年5月に開催され続けている『MODS MAYDAY NAGOYA』は今年で24回目を迎える。名古屋エリアの60sシーンで活動するバンドとDJに加え、全国各地からもシーンで活躍しているゲストを迎えての開催となる、まさに名古屋の全てのMODSや60sフリーク、ヴィンテージ・ミュージックファンに向けたスペシャルな祭典である。

今年は、昨年30年ぶりに新譜をリリースして復活を果たした伝説のバンド<ザ・スクーターズ>を筆頭とする7バンド+7DJの豪華ラインナップに、名古屋の主要MOD/60sイベント「DANCE CRAZE!」「Da Doo Ron Ron」「MAXIMUM MOD」によるフルサポートでこれまでにない熱い夜を演出する。

この日のためにオーダーしたスーツでキメたモッドや60sなワンピースで着飾るモデット、クールなステップで盛り上がるフロア、きらびやかなヴェスパやランブレッタ……。
60年代、世界で最も熱かったロンドンがここ名古屋に甦る。

Blokes and Birds! "MODS MAYDAY NAGOYA" is the most happenin' 60s party in Japan! Join us in your coolest 60s threads for an all-nighter filled with the best DJs and live R&B, Soul, Blues, Jazz, Beat, Ska and more! The night begins with Vespas and Lambrettas cruising the town in our vintage scooter run. See you there!
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by modthing | 2013-04-30 21:18 | MODS | Comments(0)
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エディ・ピラーとその多くの仲間達がモッズシーンを去った1986年、一方のジャズシーンでは映画「アブソリュート・ビギナーズ」の公開前夜にあり、その期待の高まりとともにこれまで以上の盛り上がりを見せていました。この作品(同名の原作小説はコリン・マキネス著/1959年)は、1958年のロンドン・ソーホーを舞台にジャズと踊りに明けくれる若者(モダニスト)たちの群像を描いた物語ですが、ジャズダンサーズのIDJが出演するなど、彼らのシーンが映画にも反映されておりメディアからも注目を集めていました。1979年、モッドリヴァイヴァルの最中に公開された60年代のオリジナルモッズを描いた映画「さらば青春の光」のような"成功"を制作者は目論むのですが...。




■86年4月

ついに「アブソリュート・ビギナーズ」が公開されます。監督はセックスピストルズの映画「Great Rock'n'Roll Swindle」を手がけたジュリアン・テンプル。そして衣装は「さらば青春の光」でもお馴染みのジョイス・ストーンマン。

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absolute beginners


ジャズとモッズ、両シーンに繋がりがあるソーホーのクラブ、ザ・ワグを経営するクリス・サリヴァンがこの映画のエキストラの手配をしたことで、前述のIDJをはじめとするジャズシーンのダンサー達は勿論、モッズシーンからもエキストラ出演があったといいます。このクラブでは格好悪い客が入場できなかったため(通りがかりの客がふらっと入れるような雰囲気ではなかった)、エキストラの質はなかなか良かったんじゃないでしょうか。

実際に「映画の中で格好いい人がいたなら、その人の服は自前で用意したものと思って間違いない」と語るモッズシーンからエキストラ出演した女性は、ミントコンディションのランブレッタ1型を所有し、卒論のテーマはコリン・マキネスの3部作(アブソリュート・ビギナーズは2作目にあたる)だったという筋金入りのモデットでした。原作の主人公がモダニストの起源だとされることは当時のモッズシーンでも知られており、彼女をはじめとする一部のモッズもこの映画に対して注目をしていました。

また、ワーキング・ウィークのサイモン・ブースによれば当初キース・リチャードも出演する予定だったといいます。キースをザ・ワグに連れて行きジャズダンサーのIDJを見せたところ、非常に気に入り、なかでもダンサーの一人がキースに対して言った「クリフ・リチャードの兄弟かい?」という、まるで世間と隔離されたようなシーンをそのまま体現したかのようなセリフに大変喜んだというエピソードがあります。

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I.D.J


キースの出演はなくなりましたが制作の出だしは順調でした。しかし、ほどなくして資金調達の遅れが原因でアメリカの資本が参入します。その関係で"内容をもっとポップなものにしろ"等の指示があり、内容の修正を余儀なくされます。その結果、ノスタルジックなものにしたかったのか、現代的なものにしたかったのか方針がよく定まらないまま、中途半端な作品に仕上がりました。シーンの人々の期待が高かっただけに(勿論最初から期待していない人も多かった)、この出来上がった作品に多くの人々はがっかりさせられました。




■86年5月

ジャズシーンを牽引していたポール・マーフィーはバズ・フェ・ジャズらとともに、ザ・エレクトリック・ボールルームで全く新しいイベントを始めます。リズム&ブルース、ブルーノートスタイルのバップ、ジャンプ、ジャイヴ、ビッグバンド、スウィングまでが流れるパープル・ピットと名付けられたそのパーティーには、モッズシーンからハイクラスの人々が集まり常に店の前にはスクーターが並んでいたといいます。

またその頃、既にモッズシーンではエディなど先進的なDJが、ジミー・スミスの「the Cat」からマイルス・デイヴィス「So What」といった完全なジャズまでをプレイする実験が行なわれており、両シーンの融合は既に始まっていました。

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Paul Murphy JAZZ CLUB FOR beginners LP
この頃に制作された日本向けのコンピレーションがこちら。
もちろん選曲はポール・マーフィーによるもの(クレジットはブログ末にあります)。



ちょうどその前年、シリアスになりすぎていたジャズシーンのバランスを取る目的で、ジャイルス・ピーターソンとクリス・バングスがオープンしたてのロイヤル・オークでスペシャル・ブランチというパーティーを始めます。バップに変わって60年代のプレスティッジに代表されるようなオルガンサウンドが流れるのが特徴で、ここにエディ・ピラー率いるモッズシーンが初めて接触します。発端は海賊放送でジャイルスがかけたヤング・ホルト・アンリミテッドの「Wack Wack」をエディが聞き、彼のイベントに足を運んだことでした。スペシャルブ・ランチにはジミー・スミスやブラザー・ジャック・マクダフといったジャズからソウル、さらにはブーガルーまで彼らが必要とする音楽の全てがありました。

エディーは「こここそが俺たちの場所だ。モッズでありながらも音楽を追究できる。これこそモッドのあるべき姿だ」と考え、次第に客の半数がモッドコネクションで占めるようになります。ジャズシーンもモッズシーンも音楽のルーツは同じでした。86年にはスペシャルブランチシーンの一部となり、87年にはそこのDJになっていきます。




■86年9月

86年9月からジャイルス・ピーターソンの「BBC Radio London : Mad on Jazz」が始まります。これがジャイルスにとって初となる正規(それまでの海賊放送ではない)のラジオプログラムになります。昨年、BBC RADIOとジャイルスの関係が25年になるのを記念して当時のラジオ音源がアップされました。

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Gilles Peterson "Mad on Jazz"
こちらのリンクから視聴、DLできます。
http://muchosoul.podomatic.com/entry/2011-09-08T16_32_18-07_00


特にこの前半部分なんかはモッド好みといえますし、また後半にかけてのブラジリアン他の選曲は当時のジャズシーンで流れる音楽の幅が広かったことがわかります。ちなみにこのラジオを始める経緯というのが、海賊放送をしていたジャイルスにBBC側から「うちで番組をやらないか?」と持ちかけて来たというのだから、なかなか面白いエピソードですよね。




■アシッドジャズの誕生

長くなりましたが、ここでアシッドジャズが生まれたエピソードを紹介します。この証言は、近年出版されたUKジャズ・ダンス・ヒストリー ~From Jazz Funk & Fusion To Acid Jazz〜に詳しく載ってあります。


アシッド・ジャズのアーティスト、スノウボーイが語源について関係者へインタビューを重ねたところ、1988年2月6日にミドルセックス州ブレントフォードのウォーターマンズ・アーツ・センターで行われたイベント「Special Branch」で、DJのクリス・バングスが、アート・ブレイキーの「The Feast」を選曲した際に、DJブースの背後に設置されたプロジェクターで点滅する「ACID」の文字を見て「アシッド・ジャズ」との言葉を発案したことが分った。また、その場で共にDJプレイをしていたジャイルス・ピーターソンが、マイク・パフォーマンスで「アシッド・ジャズ」と言い放ったことから、エディ・ピラー、サイモン・ブースらの間にその呼称が伝わったとされる。-wikiより-


また上には書かれていませんが、これはアシッドハウスに対するジョークでもありました。このように生まれたアシッドジャズという名称でしたが、それではアシッドジャズという音楽スタイルはどのように生まれたのでしょう?


アシッドジャズの言葉を生み出したクリス・バングスについて語ったケヴィン・ビードルによるインタビューではこのような経緯があったそうです。(1986年、もしくはそれよりも少し前の内容のものと思われますが)少しずつシーンがハードコアな面を失いつつある状況にあり、全員が高速フージョンやアフロキューバンで踊れない状況になっていました。そこで、クリス・バングズはDJでの選曲を、最初はファンク、次にジャズ・ファンク、ファンキー・フュージョンに移り最後にフュージョンをかけるスタイルを取るようになり、それがアシッドジャズのベースになります。クリスの理想は、フロアにどんな人種も関係なく、クロスオーヴァーな雰囲気にするということでした。




■アブソリュート・ビギナーズ公開後

映画「アブソリュート・ビギナーズ」が公開された結果、興味を持った人が続々とやって来ましたが、このジャズシーンはハードコアな場所、6ヶ月もすると彼らはいなくなりました。この映画によってジャズシーンのバブルがはじけ、シーンの規模は収縮し、以後復活することはありませんでした。しかし、クリス・バングズの提唱する理想がアシッドジャズの本拠地となったカムデンのディングウォールズで生まれました。今や伝説として語り継がれている当時の様子を詳しく説明しているものを見つけましたので、こちらに紹介します。


1986年にディングウォールズで毎週日曜日に行なわれるサンデー・アフタヌーン・クラブを始めた。昼から始まり、音楽はジャズ・ダンスミュージックからファンキーなレア・グルーヴまでと幅広く、ブラン・ニュー・ヘヴィーズ、ガリアーノ、インコグニートなどといった当時新人のバンドやロイ・エアーズ、デイヴ・パイク、スティーヴ・ウィリアムソンやコートニー・パインなどのジャズ・レジェンドのライブパフォーマンスも積極的に開催していった。アシッド・ハウスと発生期のレイヴ・シーンに火がつく頃、時を同じくしてジャイルスのサンデー・セッションも多くの人を集めた。ジャイルスはアシッド・ジャズ・クラバーとUKクラブカルチャーのジャズ・ファンクやヒップホップのルーツを忠実に支持している人達とのギャップを埋める役割を果たしたといっても過言ではない。-UNIVERSAL MUSIC JAPANより-

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SUNDAY AFTERNOON AT DINGWALLS -classic moves and grooves from the legendary club-



2006年にジャイルス・ピーターソンとパトリック・フォージにより、当時を熱狂を再現した2枚組のコンピレーションが発売されました。その名も「SUNDAY AFTERNOON AT DINGWALLS -classic moves and grooves from the legendary club-」。そのライナーテキストには、会場に集まる人々んぶついて次のように書かれています。

ハードコアなジャズダンサーズ、アシッドテッズ、プログレッシブモッズ、ブギーボーイズ、ヘッドノッダーズ、ビートニクス&プロトビートヘッズなど、様々な人種が一つのフロアに集う。まるでメルティングポットだった。

このプログレッシブモッズという言葉、引っかかりませんか?初めてこの言葉を目にした時、何かの本でモッズには「Open Minded」の姿勢が必要だ、と書かれていたことを思い出しました。モッドシーンからブロウンアウトしたガイ・ジョセフは当時、アディダスのスタンスミス(復刻前)に山高帽といった格好で遊んでいたと言います。そうした光景を見て、その時代、その場所で発生した最新の音楽を通して遊んでいたモッドをそのように言い表したのでしょう。



■アシッドジャズレコーズ誕生

アシッドジャズという言葉が誕生した翌年、ジャイルズのバックグラウンドのジャズとレアグルーブ、ソウルに、エディのモッドを掛け合わせ、アシッドジャズレコーズが誕生します。記念すべきレーベル1stシングルは合計で2万枚も売れたというガリアーノの「Frederic Lies Still」。

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Frederic Lies Still / Galliano



「ガリアーノのデビュー曲は、カーティスメイフィールドの曲に詩を被せた「Frederic Lies Still」。モッド的なアイデアだろう?オープンで柔軟な姿勢を持つモッズなら、新しいジャズシーンにはすんなりと受け入れることができたんだ」


そう語るエディはそれから25年後、そのレコードと似たような手法でベンシャーマンのストアの階上にアシッドジャズレコードストアをオープンさせました。(完)


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ACID JAZZ VINYL STORE











ということで、ジャズシーンにどのようなタイミングでモッズシーンが接触し、アシッドジャズが誕生したかを書いてきましたがいかがでしたでしょうか?

この話のようなアシッドジャズ誕生前夜のような体験ができるかもしれないフェスティバル【名古屋クラブジャズフェスティバル2013】が土曜日に開催するのは皆さんもうご存知ですよね?

我々モッズシーンから我々ダンスクレイズも出演するので、皆さん是非、できればモッズシーンに属していることがわかるようなスタイルで遊びに来て下さい!


お得な前売りチケット

①当日券よりも1,000円お得
②3月1日金曜日開催のアフターパーティーに半券持参で無料でご招待致します。
※ドリンク代500円必要です。


は大須ブルードレスやチケットぴあでも取り扱っていますので、どうぞお気軽にお買い求めください。





NAGOYA CLUB JAZZ FESTIVAL 2013





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名古屋クラブジャズフェスティバル2013
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NAGOYA MODS
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■Paul Murphy JAZZ CLUB FOR beginners

Oscar Brown Jr - Work Song
Art Blakey - Cubano Chant
Dave Brubeck - Unsquare Dance
Duke Ellington & His Orchestra - Kinda Dukish/ Rockin In Rhythm
Little Johnny Griffin - Flyin' Home
Kenny Burrell - The Switch
Duke Ellington & His Orchestra - Hello Little Girl
Charles Mingus - Boogie Stop Shuffle
Count Basie & Duke Ellington - Wild Man
Cab Calloway - Minnie The Moocher
Lonnie Smith - Hola Muneca
Aretha Franklin - Muddy Water
Miles Davis - So What


■SUNDAY AFTERNOON AT DINGWALLS -classic moves and grooves from the legendary club-
Disc 1
1. Weekend - View From Her Room
2. Dave Valentin - Clove And Cinnamon
3. Dom Um Romao - Shake (Ginga Gingou)
4. Bobby Montez - Kom Tiki
5. Byron Morris - Kitty Bey
6. Airto - Encounter (Encontro No Bar)
7. Michel Legrand - Southern Routes
8. Pharoah Sanders - Origin
9. Mark Murphy - Empty Faces
10. Webster Lewis - Barbara Ann
11. Janet Lawson Quintet - Sunday Afternoon

Disc 2
1. Leroy Hutson - Cool Out
2. A Tribe Called Quest - Luck Of Lucien
3. Willis Jackson - Nuther'n Like Thuther'n
4. Stone Alliance - Sweetie Pie
5. Soul Tornadoes - Hot Pants Breakdown
6. Larry Young's Fuel - Fuel For The Fire
7. Roy Ayers Ubiquity - He's A Superstar
8. Norman Connors - Captain Conners
9. Corkey McClerkin - Searchin For The Soul
10. Jean Luc Ponty - In The Fast Lane
11. Soul II Soul - Fairplay
12. Mica Paris - I Should've Known Better
13. Elsie Mae - Do You Really Want To Rescue Me?
14. Ricardo Marrero - Feel Like Making Love
15. Roy Haynes - Dorian
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by modthing | 2013-01-29 21:16 | MODS | Comments(0)
■アシッドジャズ

1980年代にイギリスのジャズシーンから派生した文化。ジャズ・ファンク、ソウル・ジャズ、モッズ等の影響を受けた音楽のジャンル。またエディ・ピラーとジャイルス・ピーターソンによって設立(1987年)されたレコードレーベルの名称。レーベルアーティストとしてブラン・ニュー・ヘヴィーズ、スノウボーイ、コーデュロイ、ジェイムス・テイラー・カルテット、ジャミロクワイなどが挙げられる。



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アシッドジャズを上手く説明するのはとても難しいのですが、それを簡単に解決してくれるのが、昨年秋にレーベル設立25周年を記念してリリースされた『ACID JAZZ: THE 25TH ANNIVERSARY BOX SET』。中身は、

・同レーベル作品から厳選された60曲以上をCD計4枚(詳細は文末)
・設立者エディ・ピラーらへの最新インタビューやPVほかを収めたDVD
・2曲の未発表トラックを収めた7インチ・シングルも同梱
・レーベルの歴史を掲載した24ページのブックレット
・レーベル作品のアートワークを掲載した52ページのアート本

と、入門者からマニアまで唸らせるこの内容はレーベルの軌跡を辿る以上のもので、内容同様に豪華なパッケージングや随所に見られるこだわりに制作者サイドのアシッドジャズへの愛を感じ取ることができます。





ACID JAZZ: THE 25TH ANNIVERSARY BOX SET

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60曲を超える楽曲群のオープニングを飾るのはホセ・フェリシアーノによるスティーヴィー・ワンダーのカバー「Golden Lady」。この始まりはアシッドジャズが単なるレーベルではなく"ムーブメント"だったことを象徴しているといえるのではないでしょうか。

さて、アシッドジャズといえばどこか"モッド"的な匂いを感じるという方も多いと思います。それもそのはず、このレーベルを設立したエディ・ピラーはモッズシーン出身の人物なのです。元々アシッドジャズはロンドンジャズダンスカルチャーをベースに誕生したため、ジャズシーンとは異なるモッズからの視点でレーベル誕生までの軌跡が語られることがありませんでした。そこで、今回はこのレーベル誕生の裏側を紐解く鍵になる<80年代中期のロンドンジャズシーンにモッズシーンがどのような形で接触したか>を、モッド・エディ・ピラーの歩みに沿って紹介したいと思います。







Eddie Piller

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■1964〜1979年

エディ・ピラーは1960年代中期にロンドンの下町イーストエンドで生まれました。母親はスモール・フェイセスのファンクラブを運営しており、ジャズ寄りの元モッドでランブレッタにも乗っていたという父親は賭家を運営していたため、若い頃からポップミュージックや堅い仕事には興味がなかったといいます。

ファンクラブ設立の経緯はこうです。イーストハムにあった父親の賭家の隣には、スモールフェイセスの初代キーボーディスト、ジミー・ウィンストンの両親が経営するパブ(the Ruskin Arms public house)があり、その関係でバンド結成時にウィンストンの親からエディの母親にファンクラブを設立して欲しいとの依頼があったようです(後にエディの母親は悪名高いマネージャー、ドン・アーデンによって解雇されます)。90年代中期にアシッドジャズから、インプレッションズのアルバムタイトルから持って来たスモール・フェイセスのバイオグラフィー『the Young Mods' Forgotten Story』が出版されたのには、こうした背景があったのですね。



■1979年

このような環境で育ったエディでしたが、モッドになったのはザ・ジャムとバズコックスの影響が大きかったようです。そんな彼にとって1979年はひとつの転機となります。この年は映画「さらば青春の光」やリチャード・バーンズによる写真集「Mods!」の出版、さらにザ・ジャムの飛躍もありモッドリヴァイヴァルの盛り上がりは最高潮に達していました。それまでのシーンは、前述のバンドに加え、パンクムーブメントと並行して出てきたドンキーズやファースト・カーズといったネオモッズバンドのギグ(DJさえもいなかった)が中心でしたが、前述のようなオリジナルモッズの生態を綴った映画の公開や写真集の出版によって後のモッドクラブシーンの復活に繋がる種が蒔かれます。実際エディも、その年にロング・トール・ショーティーのマネージャーがライブ間にDJを始め、その時初めて聴いたブッカーT&MG'ズの「Green Onions」に衝撃を受けたのがDJを始めるきっかけだった、と語っています。



■1979、80年〜

1979年以降のモッドリヴァイヴァリスツは、以前にも増してオリジナルモッズに憧憬を抱くようになり、その当時はまだ珍しかった過去に遡っての情報収集により60年代の音楽やファッション、書籍を追求していくようになります。そしてこの頃からエディはシーンの中で精力的に活動していきます。

1980年にDJを始めたエディは、ちょうどその前年に発表されたオリジナルモダニストのランディー・カズンズによるモッドクラシックチャート『Original Mod Top 100』に影響を受け(これまでに94枚を集めたのだそう)、DJを始めた頃のプレイスタイルはモッド、パンク、スカを混ぜたものでしたが、1983年にザ・ワグ(元The Whisky-A-Go-Go)でプレイするようになる頃にはノーザンソウルやジャズを取入れるようになります。

また、ファンジン「Extraordinary Sensations」の制作にも力を入れていきます。メインはバンド情報やモッドクラブ情報で、またいち早くカラーコピーを導入するなどした結果、多くのファンジンが乱立する中で常に一歩先を行く存在でした。





Extraordinary Sensations

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さらにエディはジョージィ・フェイムも在籍していたアヴァターという大きなインディーレーベルで働き始めます。最初は配達係として、それも自分のランブレッタで配達するというなんとも下町根性丸出しのモッドっぽいスタートでしたが、結局相次ぐ車両トラブルにより半年ほどで出版部に異動になります。そんな彼でしたが、このレーベルではこんな経験も積みます。ある日上司が彼に聞きました。

「エディ、運転はできるか」
「できます」
「よし」

こうして、当時レーベルにいたエドウィン・スターのUKツアーに同行することになり、北部のラジオ出演や、ノーザンダンサーからスキンヘッズまで、さまざまな人種が数千人規模集まったといわれるノーザンソウルクラブでのライブを体験しました。


しかし、そんなアヴァターを18ヶ月で離れたのには理由があります。それはファンジンの発行部数が15,000部とシーンでの影響力が大きくなっていたところに、ロサンゼルスのバンド、ジ・アンタッチャブルスから自分たちを売り出して欲しいとの連絡がきます。エディのレーベルには大きすぎるので、テリー・ローリング(Mod : A Very British Phenomenon著で有名)に相談したところ、「マッドネスもサインしたくらいさ、スティッフレーベルなら大丈夫だよ」との返事がありました。そこで、このコネクションからスティッフで働き始め、当時バンド情勢に詳しかったエディはジ・アンタッチャブルスをここから売り出すことに成功します。

このレーベルからは"アンチメジャー"の姿勢とレーベル運用のノウハウを学びます。また、スティッフ傘下の自身のレーベル、カウントダウンからはメイキン・タイム等、80年代中期を代表するモッドリヴァイヴァルバンドを売り出し、さらにはこの時代の特徴でもあるソウルの影響を受けたこれらのバンドの楽曲を集めたコンピレーション『54321GO』(1985年)をリリースします。





the Untouchables

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the COUNTDOWN compilation 54321GO

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■1985〜1986年

すべてが順調に進んでいたと思われましたが、この頃から同じモッズシーンの勢いがあった競合ファンジン「Phenix Lists」のマーク・ジョンソンによって、モッズのルールや規律が設けられ、次第にシーンが組織化されていきます。このことが原因で、古くからのモッズの反発やそれまで水面下にあった問題が一気に表面化し、ついにシーンは分裂します。

マークと敵対するエディやその仲間達は、彼を海に放り投げたり、ランブレッタを真っ二つにするなど、若さ故の行き過ぎた行動によって半ば締め出される形でこのシーンを去ることになります。エディによると、1986年のあるパーティーで自身のDJでかけた「Tighten Up」でフロアのマーク側のモッズが一斉に居なくなった(音楽的なルールなのか、敵対するエディに対しての報復なのかは不明)ことが、このシーンを去る決定的な出来事だったといいます。

そして、スティッフレーベルは経営の悪化により存続の危機に立たされていました。



後編>へ続く







ということで、ジャズシーンにモッズシーンが接触し、アシッドジャズが誕生する<後編>へと続くのですが、まるでアシッドジャズ誕生前夜のような体験ができるかもしれないフェスティバル【名古屋クラブジャズフェスティバル2013】が来週開催のなのは皆さんもうご存知ですよね?モッズシーンから我々ダンスクレイズも出演するので、皆さん是非遊びに来て下さい。

お得な前売りチケット

①当日券よりも1,000円お得
②3月1日金曜日開催のアフターパーティーに半券持参で無料でご招待致します。
※ドリンク代500円必要です。


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NAGOYA CLUB JAZZ FESTIVAL 2013





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名古屋クラブジャズフェスティバル2013
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『ACID JAZZ: THE 25TH ANNIVERSARY BOX SET』
【CD】
DISC 1:PUT IT ALL TOGETHER AND WHAT DO YOU GET
1 Golden Lady Jose Feliciano Original Album Version 4.20
2 Love The One You’re With The Isley Brothers Original Album Version 3.27
3 Lady Day & John Coltrane Gil Scott Heron Original Album Version 3.34
4 Is It Something You Got Tyrone Davis Original 7” Version 2.40
5 Don’t You Care Alice Clark Original Album Version 2.49
6 You Spanky Wilson Original 7” Version 2.16
7 Right On Clarence Wheeler & The Enforcers Original Album Version 4.39
8 Bert’s Apple Crumble The Quik Original 7” Version 2.14
9 Who’s Afraid Of Virginia Wolfe Part 2 Jimmy Smith Original Album Version 2.3
10 Milestones Mark Murphy Original Album Version 2.26
11 Smokey Joe’s La La Googie Rene Original 7” Version 2.49
12 Black Whip Boogaloo Joe Jones Original Album Version 6.45
13 Murriley Charles Earland Original Album Version 6.36
14 Expansions Lonnie Liston-Smith Original Album Version 6.05
15 Go Bang # 5 Dinosaur L Original Francois K 12” Mix 7.40
16 I’m A Man Chicago Original Album Version 7.40
17 Can’t Dance With You Small Faces Original 7” Version 3.13
18 Southern Man Sylvester & The Hot Band Original Album Version 4.32
19 I Don’t Do This (To Every Girl I Meet) Sydney Joe Qualls Original 7” Version 3.06
20 Ordinary Joe Terry Callier Original ‘Fire On Ice’ Album Version 4.54

DISC 2:SOMETHING HAPPENING AT THE DANCE
1 Blacker Ballistic Brothers Original Album Version 3.51
2 The Masterplan Diana Brown & Barry Sharpe Original 12” Version 4.03
3 Know How Young MC Original 12” Mix 4.00
4 Original Dope Outlaw Posse Original Richie Rich 12” Instrumental Mix 4.10
5 Solid Gold Ashley & Jackson Original Acid Jazz Album Mix 4.00
6 Hot Music S.O.H.O. Original 12” Jazz Mix 5.04
7 The Nervous Track Nuyorican Soul Original 12” Ballsy Mix 6.26
8 Earthly Powers A Man Called Adam Original 12” Mix 8.55
9 I’m Gonna Love You Jestofunk Original MC Turbo 12” Sax Mix 4.20
10 Super Strut The Apostles Original Album Version 4.21
11 Jazzy John’s Freestyle Stonebridge Original 12” Dub Mix 5.01
12 Helping Hand Arthur Miles Original 12” Mix 4.43
13 From The Ghetto Dread Flimstone Original 7” Version 3.19
14 Bonita Manana Espiritu Original 12” Mix 3.45
15 If The Papes Come A Tribe Called Quest Original 12” Mix 5.46
16 BNH Brand New Heavies Original Album Version 5.54
17 Fredrick Lies Still Galliano Original 7” Version 4.59

DISC 3:HOW’D WE GET US HERE…?
1 Jazz Thing Gang Starr Original 12” Mix 4.43
2 Get Yourself Together Young Disciples Original 12” Mix 5.20
3 Dream Come True Brand New Heavies Original 12” Mix
4 Love Will Keep Us Together JTQ Original Ian Green 7” Mix
5 The Loud Minority United Future Organisation Original Japanese 12” Club Mix 4.55
6 Theme From New Avengers Snowboy Original 12” Mix 4.41
7 Fresh In My Mind A Forest Mighty Black Original 12” Mix 4.40
8 Oh Shit Pharcyde Original Album Version 4.22
9 Black Whip Chapter & Verse Original 12” Mix 3.33
10 Back By Dope Demand King Bee Original 12” Mix 3.35
11 Theme From Starsky & Hutch James Taylor Quarter Original 12” Mix 5.56
12 Always There Incognito Original John Morales 12” Mix 6.38
13 Too Young To Die Jamiroquai Original Album Version 6.04
14 Apple Green Mother Earth Original Album Version 4.26
15 Love Sick The Night Trains Original 12” Mix 4.25
16 Beads Things & Flowers Humble Souls Original 12” Mix 5.01
17 The Ladder One Creed Original Album Version 3.58
18 Funky Jam Primal Scream Original 12” Mix 5.24

DISC 4:SMOKERS DELIGHT
1 Les Fleur Minnie Ripperton Original Album Version 3.16
2 Cosmos SX 2000 Paul Weller Original 12” Dub Mix 7.19
3 Non Corparealness Mother Earth Original Album Version 6.05
4 Rassellas Mr Scruff V Manasseh Original Album Version 5.55
5 Movements In Dub (Roots) Roots Radics meets the Scientist Original Album Version 5.07
6 Render Your Heart Dread Flimstone Original 12” Mix 5.04
7 Chase The Devil Max Romeo Original 7” Version 3.25
8 You Never Get Away Delroy Wilson Original 12” Dub Mix 7.24
9 Leaders & Believers ENC Original UNKLE Album Mix 5.12
10 Astralisation Snowboy Original 12” Mix 6.13
11 Still Swingin’ Sleeve Original 12” Mix
12 The Groove Jazzy Jeff & The Fresh Prince Original 12” Instrumental Mix 5.33
13 I Wanna Get High Cypress Hill Original 12” Mix 2.56
14 Galactic Rush Jhelisa Original 12” Instrumental Mix
15 Nothing Sandals Original 12” Dub Version 8.04

【DVD】 (NTSC/Region 0)
Interview with Eddie Piller and Dean Rudland

1. Snowboy - Anarchy In The UK
2. Mother Earth - Find It (In The End)
3. The Brand New Heavies - Dream Come True
4. The James Taylor Quartet - Love Will Keep Us Together
5. Smoove Feat Jess Roberts - Coming Back
6. The Third Degree - Mercy
7. The Night Trains - No More Heroes
8. Janice Graham - Band Murder
9. Gregory Isaacs - Feeling Sad Tonight
10. Matt Berry - So Low
11. Men Of North Country - Debut
12. Twisted Tongue - A Really Good Thing

【7 Inch Single】
A. The Brand New Heavies Feat. Jan Kincaid - Never Stop (Original Mix)
B. The Brand New Heavies - Rock Steady (Instrumental)




The Mod Top 100
(このチャートには、あるトラップが仕組まれています)

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by modthing | 2013-01-26 18:19 | MODS | Comments(0)
名古屋クラブジャズフェスティバル2013開催まで残すところ約2週間となりました。そこで今回から<モッズとジャズの関係性>について書いていきたいと思います。まず今日は、"モッド"の由来になった"モダンジャズ"がいったいどういったものだったか?というテーマでお送りします。



■モッドの語源

まずモッド<Mod>という言葉の由来を説明したいと思います。簡単にいうとモッドとはモダニスト<Modernist>の略称です。そのモダニストはモダンジャズ<Modern Jazz>から来ています。


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リチャード・バーンズの写真集"Mods!"(昨年秋、この写真集についてのバーンズのインタビューがアップされましたね)によればこうあります。

「自分たちの呼び名もこういうモダンジャズ趣味から来ていた。彼らは自らをモダニストと称した」

さらにこちらはロバート・ワイアットによる初期のモダニストについての証言です。

The big difference between the trad jazz people and the modern jazz people, which is where the word 'mod' really comes from - the modernists who went to modern jazz gigs - was that the mod thing tended to be more working class or East End lewish, whereas the trad thing tended to be public school dropouts - …

直訳ではないですが、この頃(50年代中期頃でしょうか)から若者間でジャズの嗜好の違いがあったことがわかります。ビールやサイダーを飲みながら聞くトラッドジャズは、(映画「アナザー・カントリー」にみられるような)パブリックスクールを中退したような人が好んでいたのに対し、労働者階級やイーストエンドの裕福なユダヤ系の若者はモダンジャズを好みました。この証言ではモダンジャズのギグに通う人をモダニストと書いてあります。当時実際にモダンジャズのギグが開催されていた場所はロニー・スコットが経営していた「クラブイレブン」あたりでしょうか。この辺りの話では、1958年のロンドン・ソーホーを舞台にジャズと踊りに明けくれる若者たちの群像を描いた小説「アブソリュート・ビギナーズ」が有名ですね。話をモッドの由来に戻すと、またモダンジャズを演奏するジャズメンを指すモダニストに由来するなどさまざまなのですが、全てにおいて共通していえるのは"モダンジャズ"が関係しているということです。





■モダンジャズとは?

ではモダンジャズとは一体なんでしょう?wikiによるとこうあります。

【モダンジャズ】
モダン・ジャズ (Modern Jazz) とは、一般に1940年代に確立したビバップから1960年代終盤の「電化ジャズ」(主にマイルス・デイヴィスらによって作られた)あたりまでのジャズの総称。但し、一般に電化ジャズ自体は含まない。対応するそれ以前のジャズは、「アーリージャズ」「クラシックジャズ」「オールドジャズ」などと呼ばれる。


この解釈は現代の視点からのものであり、そのため多種多様なスタイルのジャズがモダンジャズとして包括されています。これでは当時のモダンジャズが一体どんなものだったのか分かりませんね。

そこでモッドの由来になったモダンジャズが一体どのようなものだったかを説明をするために、その鍵となるマイルス・デイヴィスのアルバムを紹介したいと思います。





■クールジャズの誕生、ビバップの衰退

1949年、それまでのビバップに対抗する形でマイルス・デイヴィスが一枚のジャズアルバムを作成しました。それが「Birth of the Cool」です。

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私が初めてこのアルバムを聞いた時、それまでモードジャズのマイルスを聞いていたためか、決して洗練されてはいないと感じたのと同時に、どこか50年代中期にアメリカ西海岸で流行するウエストコーストジャズの雰囲気を感じました。その時は知りませんでしたが、本作はクールジャズの原点であるとされ、後の白人主導のウエストコーストジャズへと発展していきます。反対にマイルスはその後、アート・ブレイキーとセッションするなどハードバップへの道を歩みます。

そこで、このアルバムから誕生したクールジャズ、そしてその後のウエストコーストジャズをそれまでのビバップと比較すると、ビバップ(チャーリー・パーカーやディジー・ガレスピー等が有名)が黒人寄りのジャズで演奏が力強く躍動感があったのに対し、クールジャズやウエストコーストジャズは白人ジャズメンが多く(黒人もいる)、知的でエレガンスな要素を持っていました。つまり両者は正反対だたんですね。

次にマイルスが向かった先のハードバップの説明をしたいと思います。ハードバップとは、モダンジャズの一つでアメリカ東海岸において1950年代半ばをピークに1960年代まで続いたスタイルです。チャーリーパーカーの死後、斜陽になっていたビバップに代わり台頭してきたハードバップはより洗練されたものとなり、アフロ・キューバン/ラテン音楽の要素も取り入れラテン・ジャズやアフロキューバンジャズにも発展していきます。


・ビバップ(モダンジャズ)・・・モダンジャズの源流
・クールジャズ、ウエストコーストジャズ(モダンジャズ)・・・ビバップに対抗する形で現れた(洗練)
・ハードバップ(モダンジャズ)・・・ビバップの衰退で姿を現した(洗練)

今までに挙げてきたジャズをこのようにまとめてみると、現代のモダンジャズの定義では、これらスタイルの違うジャズ同士でも一括りにされていることがわかります。





■結局、モッドの由来になったモダンジャズとは何だったか?

ここに、リチャードバーンズの写真集"Mods!"に書かれてある初期のモダニストが聞いていたとされるジャズメンを並べてみます。

モダン・ジャズ・カルテット<Modern Jazz Qualtet>
チャーリー・ミンガス<Charlie Mingus>
ジェリー・マリガン<Jerry Mulligun>
デイブ・ブルーベック<Dace Brubeck>

これらから、モダニストは全てビバップ以降のジャズ、つまりハードバップ、クールジャズ、ウエストコーストジャズ等を好んでいたことがわかります。

グラハム・レンツによると、1950年代中期から後期にかけて、イギリスではトラッドジャズが流行っていましたが、ユダヤ系の中産階級のモダニストはモダンジャズをいち早く、それもビバップにも対抗する形で聞いてたという記述があります。(ビバップは50年代辺りには斜陽になっていた)

これらから結論付けると、モッドの由来になったモダンジャズとは、(現在の解釈ではビバップもモダンジャズに含まれるが)ビバップに変わって新しく台頭してきたスタイルのハードバップやクールジャズ、ウエストコーストジャズあたりの"洗練"されたものだっだといえます。





■映画「好奇心」にの冒頭について

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余談ですが、「死刑台のエレベーター」や「地下鉄のザジ」で有名なルイ・マル監督の半自伝的映画に「好奇心」という作品があります。フランスのブルジョワ階級の14歳の主人公は酒もタバコもやるけど不良でもないし、子供でも大人でもない生意気な少年です。(そしてその兄弟の着こなしや趣味の良さは初期のモッドに通じるところがある) それを表しているシーンがこちら。
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映画の冒頭で友人とジャズレコードを万引きするシーン前後に少年がいうセリフです。「古いジャズはみんな同じだ」という少年。しかし、その直後に発するチャーリー・パーカー(バード)もまた新しいJAZZとは少し違います。なぜなら映画の設定が1954年のフランス、ディジョン。その頃にはビバップは既に斜陽となっていました。(1955年にチャーリーパーカー死去) ここはバードではなく、同年にパリでコンサートをするジェリー・マリガンに差し替えると、この少年に初期のモダニストとの類似性を見出すことができると思います。






■ウエストコースジャズとファッション

話は少し変わりますが、ジャズとファッションについてこんな証言もあります。これを読んだとき、スタイルカウンシル時代の特にミック・タルボットを思い出しました。彼のファッションセンスは、ただ単にIVYルックを取入れていたのではなく、こうした"ジャズというフィルターを通したIVY"から大きく影響を受けているのだと感じました。

"The jazz culture was an Ivy League culture. Chet Baker and all those people wore Ivy League from the early '50s. They were your(Mod) idols so you wanted to wear what they wore."  John Simon





■パシフィック・ジャズとウィリアム・クラクストン

そんなウエストコースト・ジャズの代表レーベル「パシフィック・ジャズ」のLPでは、大学在学中から写真とアートを担当したというウィリアム・クラクストンによるアートワーク作品を楽しむことができます。それらはどれもウエストコースト・ジャズのサウンドと同様に若々しさと瑞々しさを持っており、中でもクラクストンがチェット他ジャズメンをヨットに載せて撮影した「チェットベイカー・アンド・クルー」は今も尚輝きを放っています。

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そんな彼のパートナーは、あのペギー・モフィット。ジャズサックス奏者ルー・ドナルドソンの1967年の作品「アリゲーター・ブーガルー」のジャケットで見せる奇抜な髪型と"メイク"が60'sファンにはお馴染みですね。

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さて、モッドからジャズ、そして最後は髪型に"メイク"まで書きましたが、"メイク"といえばこちらに耳寄りな情報があります。


【特別企画】名古屋クラブジャズフェスティバル2013イベント当日に、特別企画が実現!!!数々の女性誌やインターネットサイトでベストコスメを受賞してきた、大人気のコスメティックブランド、MAYBELLINE NEW YORKとのコラボレートが実現しました!なんと!!!来場者全員にMAYBELLINE NEW YORKの商品をプレゼント致します!!!商品の内容は…お楽しみに!!!
http://www.maybelline.co.jp/

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我々ダンスクレイズも参加する、2月2日(sat)に開催される名古屋クラブジャズフェスティバル2013の来場者全員にMAYBELLINE NEW YORKの商品をプレゼント。

ということで、モッドガールもモダニストも是非このフェスティバルに遊びに来てみてはいかがでしょうか?1,000円もお得な前売りチケットはブルードレスやチケットぴあでも取り扱っています。(下記リンクにてご確認ください)











NAGOYA CLUB JAZZ FESTIVAL 2013





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名古屋クラブジャズフェスティバル2013
http://www.nagoyaclubjazzfestival.com

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NAGOYA MODS
http://www.facebook.com/NagoyaMods

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by modthing | 2013-01-18 14:08 | MODS | Comments(0)
今回はこの映画に登場するある"地名"が意図するものについて、個人的な推測を交えながら書きたいと思います。


主人公ジミーと旧友のケビンは数年ぶりにパブリックバスで偶然再開するのですが、かつての仲も今はモッズとロッカーズという互いに対立する立場にありました。ケビンは軍隊にいましたが、カス扱いされるといった散々な目に遭い除隊していました。一方、ジミーは地元イーストエンドのシェパーズブッシュで仲間たちとモッズライフを送り、この世の春を謳歌していました。

ある晩、ジミーはパーティーで気になる女の子、ステフを見つけ、別の場所で開かれているハウスパーティーへと誘うシーンで個人的にとても気になる地名が出てきます。まずはそのシーンから。




ジミー "パーティーに行かないか?"

ステフ "どこの?"

ジミー "キッチナー、スクーターなら20〜30分さ"


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そして気になる地名ですが、それがこの"キッチナー"です。このキッチナーについて調べてみると、ロンドンから北西に位置する郊外のウェンブリーという街にあるキッチナーロードのことで、それほど名の知れた場所でもなさそうです。


■実際にロケで使われたキッチナーの家

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パーティーの開催場所を伝える言葉として、"キッチナー"は少しピンポイント過ぎるような気がします。通常は"ウェンブリー"あたりの表現が適切ではないでしょうか。
そこで、一体なぜジミーはわざわざ"キッチナー"と言ったのかを考えてみました。


イギリスでキッチナーと聞いて思い浮かべるのは、キッチナー卿の募兵ポスターだと思います。
その簡単な説明とポスターがこちらです。


<キッチナー卿の募兵ポスターについて>
1914年、キッチナー指導のもと大規模な新兵募集が開始された。指を突きつけたキッチナーの顔を配したポスターは後に大戦の象徴とされるようになった。この募兵により300万人もの国民が入隊し、この募集兵は既存の職業軍人に対してキッチナー・アーミーと呼ばれた。-wiki-



■キッチナーの募兵ポスター『BRITON'S WANT YOU』

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このポスターに書かれてある言葉に注目してください。この"BRITON'S"<ブリトン>、どこか"BRIGHTON"<ブライトン>を連想させませんか?


"BRITON'S"
"BRIGHTON"



次にこのポスターの意味はこうです。

『英国は君を必要としている』

もう一度おさらいすると"募兵"のためのポスターです。では募兵した先にあるものはなんでしょう?



"戦争"


そうです。戦争です。



そこで、この映画のブライトンでの出来事を思い出して下さい。ブライトンではモッズ対ロッカーズの抗争がありました。

いってみればこれも"戦争"です。

そしてポスターに書かれている『BRITON'S WANT YOU』の"ブリトン"を"ブライトン"に書き換えてみるとこうなります。



『BRIGHTON WANT YOU』(ブライトンは君を必要としている)




最後に、イギリス軍を指揮するのは国防省です。国防省を英語で書くと

"Ministry of Defence"

一般的には正式名称の"Ministry of Defence"は使わず略式名称で使用しています。
それがこちらです。


"MOD"




このように、キッチナーという地名から"さらば青春の光"を紐解いてみたのですが、当初私が想像していた以上に見事に繋がっていきました。

果たしてこれは単なる偶然でしょうか?




まとめとして、ケビンがジミーに言ったセリフを紹介します。

"モッズもロッカーズも関係ないよ"

いかがでしょうか?
除隊したケビンのこのセリフに以前よりも増してその意味の深さを感じることができませんか?

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余談ですが、キッチナー卿をショップ看板にし、名前もそこからとった「I was Lord Kitchener's Valet」というブティックは、ビンテージのミリタリーウェアをファッションアイテムとして展開しました。

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顧客にエリッククラプトンやジョンレノン、ミックジャガー、そしてジミヘンドリックスなど、当時のファッションリーダーが大勢いたことでも知られています。古い世代の人たちは、反体制の若者がこのような服を着ていることにショックを受けたそうです。

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続く...



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by modthing | 2013-01-13 11:39 | MODS | Comments(0)
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マルコム・マクラーレン
マルコム・ロバート・アンドリュー・マクラーレン(Malcolm Robert Andrew McLaren、1946年1月22日 - 2010年4月8日)学生時代に出会ったヴィヴィアン・ウエストウッドと1970年代にブティックをオープン。NYのパンクバンド、ニューヨーク・ドールズのマネジャーを経てセックス・ピストルズを世に送り出した。バウ・ワウ・ワウが解散した後は、自分のソロアルバムなども出し、また2000年以降はリアリティTVなどに登場したが、2010年に死亡した。





世間一般的にマルコム・マクラーレンは、ヴィヴィアン・ウエストウッドとともにパンクファッションを生み出したファッションデザイナー、セックスピストルズの仕掛人、ヒップホップ・オールドスクールの金字塔「DUCK ROCK」を世に残した音楽家/パフォーマーなど、さまざまな顔を持つ人物として知られています。そのフットワークの軽さは、彼の店(1971年"Let It Rock"、1972年“Too Fast To Live, Too Young To Die、1974年“SEX”、1976年“Seditionaries”その後は“World's End”)が数年ごとに次々と変貌を遂げることにも現れています。


モッズシーンとの関連についていえば、いつの頃からかマルコム・マクラーレンが"モッド"だったというのが定説になっています。私が持っている書籍にも"カーナビーストリート一のお洒落野郎でフレンチクルーカットを流行らせた張本人"と書かれていますし、「彼はモッドだった」と言い切っているインタビューもネット上で見られます。


たしかに彼の先進性はモッド(モダン)に通じるところがあるので、その話を聞くとモッズ側の人間は「なるほど」と納得します。しかしどこか腑に落ちないのです。先進的ですが、それ故に型にはまることを嫌うマルコムがモッド? 今ひとつ想像ができません。試しに彼の若い頃の写真やモッドだった記述を求めて検索をかけてみましたが、有力なものは何も引っかかりませんでした。


以前からこのモッズシーンの悪い癖として、必要以上にモッズとの関連付けを行なう傾向があり(他シーンからすれば迷惑とも取られることも)、今回もそうした拡大解釈によって事実が歪曲された可能性も否定できません。

そこで、今回はマルコムがモッドだったかどうか、個人的に検証していきたいと思います。





まず当時からフランスに傾倒していたマルコムは、フランスの自意識と個の美徳・・・例えば、

 "集団帰属意識を持たない" 
 "個人主義(他者とは違う自分)"

などに挙げられるような考え方を若い頃から持っていたのではないでしょうか?
(余談ですがマルコムは1968年にはパリ五月革命に参加しようとするが失敗) 

また、ここにフランス人のいう「会話は芸術である」をそのまま体現している当時の彼について知る資料があります。これはマルコムの死後にGQに連載された、パンクムーヴメントの誕生から死までを内側から見届けた文筆家フレッド・ヴァーモレルが当時のマルコムについて語ったインタビューです。


マクラーレンとは1963年にアートスクールで出会った。マリファナ、ボブ・ディラン、夜通しのパーティといったあらゆるアンダーグラウンドの要素に象徴されるようなハロウ(※)という学校だった。マクラーレンは変人だった。ガリガリで、赤毛で、そばかすだらけで、嘲るような笑みを浮かべ、たいてい粋なタータンチェックのマフラーをしていた。そしてオーソン・ウェルズ、フランツ・カフカ、ビリー・フューリー、ゴッホ、エディット・ピアフについてひっきりなしにしゃべっていた。


いかにもフランスかぶれのアートスクールに通うマルコムらしいといったところでしょうか。ちなみに当時彼が通っていたのはハロウ(※)スクール。この学校は、1964年のハイ・ナンバーズの演奏で知られるウェルドストーンのレイルウェイ・ホテルからそれほどしか離れていませんでした。ザ・フーの名付け親で写真集「MODS!」でも知られるリチャード・バーンズは、ピート・タウンゼントとともに別のアートカレッジに通っていましたが、おいしい奨学金を求めて次々とアートスクールを渡り歩いていたマルコムと何らかの接点があったかもしれないという可能性は捨て切れません。また伝説のモダニスト、ジョニー・モークがフランスのファッションを取り入れるヒントとして、フレンチクラブに出入りする客の他に、アートスクールに通うマルコムのような人物の存在があったのではないでしょうか。



ハロウに通う一般学生の写真(1966年)
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The High Numbers at the Railway Hotel (1964)
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そしてアートスクールを渡り歩いていた1960年代のものと思われる、マルコムの写真がこちら。(1967年にはCroydon collegeにてセックスピストルズのアートを手がけるJamie Reidと出会う)
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この頃からリラックスした彼らしい着こなしをしているのがわかります。上手くいえませんがつかみ所がないのです。ひたすら自分を行く彼はモッドとは言い難く、いち早く(勿論そんなつもりはないのでしょうが)コンチネンタルルックを取り入れた彼が、"モッズ側の人間にとってファッションの手本になった"くらいのほうのが事実に近いのではないのでしょうか?



それを裏付ける当時の彼に付いてこう書かれています。

As a teenager he had been into the Continental Look of the early Sixties that presaged the Mods.


その直後に続くのが彼のこんな言葉。
あの独特な笑いが目に浮かびます。

"I never thought they looked as stylish as people claimed. The more pretentious artsy people I thought were more sexy. I was never thrilled by the English way of life. I was always concerned with attacking it. The very thought of drawing a Union Jack on your back just frightened the life out of me. I much preferred the Matelot shirt and the girl with the black stockings and muddy green holey sweaters and strange eye makeup!"

http://ca.music.yahoo.com/blogs/rocks-backpages/the-rocks-backpages-flashback-malcolm-mclaren.html






最後にマルコムの自己を形成したともいえる祖母にいつも言われていたこの言葉を。



"To be bad is good... to be good is simply boring"
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NEXT DJ...名古屋クラブジャズフェスティバル2013
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by modthing | 2013-01-04 09:35 | MODS | Comments(0)
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前回はジミー役の候補だったジョニー・ロットンと、ジミーのモデルになったオリジナル・モッド、アイリッシュ・ジャックの共通項を中心に書いてみましたが、今回は少し映画寄りのテーマである“伏線”について書いてみたいと思います。



◼ふく‐せん【伏線】
小説や戯曲などで、のちの展開に備えてそれに関連した事柄を前のほうでほのめかしておくこと。また、その事柄。「主人公の行動に―を敷く」大辞泉より

例:「この戦争が終わったら○○と結婚するんだ」、「さようなら。君に会えて本当に良かった」等のセリフの後に死に至ったり絶望的な状況になることがある。wiki<フラグ>より




上の例のようなベタなものはクライシス系映画なんかでよくみられますね。個人的にはこの手のものよりも映画を2度、3度と繰り返し見ていくうちに、「あ、ここはそうだったのか」と気付くくらいの方が味があって好きです。その辺は個人で好みが別れるところだと思いますが、このように伏線とは物語が展開していく上での大きな鍵であり、その練り方次第で作品の出来が大きく変わってしまうほどの重要な役割を担っています。映画や小説でもこういった部分に注意して鑑賞すると鑑賞後の印象や感想は随分と変わってきますね。



当然、この物語でも幾つかの伏線が存在します。
まず挙げられるのがこちら。ジミーがピートのドラッグの入手先を聞きにスクーターに乗って出発するシーン。
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出発するジミーに向かってスクラップ車が画面左から突進する形で不自然に飛び出してきます。観ている側は一瞬冷やっとするのですが、画面奥のジミーと手前のスクラップ車が衝突することはありません。あえてこのような見せ方をしたのは、その後に起こるジミーのスクーターが郵便配達車に惹かれる場面(下写真)を暗示させているからでしょうか。
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そして、今回一番驚いたのがこちら。
ロッカーズの旧友ケビンとの会話の中で、モッズについて語るジミー。

ケビン
"モッズもロッカーズも関係ないよ"
"同じことだ"

ジミー
"俺は人と同じなんて真っ平だね"
"だからモッズさ"
"大物になりたいんだ"
"でなきゃ死ぬ方がましだ"

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最後の「死ぬ方がましだ」に差し掛かった時、思わず再生を止めました。英語が苦手な私でさえ「jump in the sea ~ 」と聞きとることができました。重要な台詞の予感。気になって巻き戻して再度再生しましたが、「sea」の先が聞き取れなかったのでその部分のセリフを検索したところ「jump in the sea and drown」と言っていることが判りました。 日本語に訳すと「海に飛び込んで溺れた方がまし」そんなところでしょうか。下に原文を載せておきます。

Kev:
I don't give a monkey's arsehole about Mods and Rockers.
Underneath, we're all the same, 'n't we?

Jimmy:
No, Kev, that's it. Look, I don't wanna be the same as everybody else. That's why I'm a Mod, see?
I mean, you gotta be somebody, ain't ya, or you might as well jump in the sea and drown.



お気付きでしょうか。
この台詞が衝撃のラストシーンに繋がる伏線だということに。

この作品の“肝”ともいえる台詞がこのような形で隠されていたのには驚きました。これが判ったからといってストーリーも感想も変わることはありませんが、作り手が考えたものを、このような形で映画作品としての魅力が伝えられないことは残念なことです。それでも公開から33年が経ったこの映画が、今も尚世代を超えたて多くの人々に見続けられることによって、新たな発見や解釈が生まれる可能性があることは本当に素晴らしいことだと思います。


続く
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by modthing | 2012-12-30 23:49 | MODS | Comments(0)
・モッズ
モッズ (Mod, Mods, Modernism or sometimes Modism) は、イギリスの若い労働者がロンドン近辺で1950年代後半から1960年代中頃にかけて流行した音楽やファッションをベースとしたライフスタイル、およびその支持者を指す。モッズファッションとしてよく連想されるものとして、髪を下ろしたMod Cut、細身の三つボタンのスーツ、ミリタリーパーカー、多数のミラーで装飾されたスクーターなどがある。wikiより

・さらば青春の光
1965年、ロンドン。広告代理店でメッセンジャーをしているジミー(フィル・ダニエルズ)は、仕事そっちのけで、モッズの仲間たちとドラッグやダンスに明け暮れる毎日を過ごしている。街では皮ジャンにリーゼントスタイルのロッカーズも群をなしており、モッズたちとの対立は深まるばかり。ジミーが、週末に仲間と訪れた海岸の街・ブライトンでも、モッズたちとロッカーズの衝突から暴動が起こり、彼自身もケンカに巻き込まれてしまう。そして、警察が出動し、新聞でも大きく報道されたこの事件は、両親や会社の上司の知るところとなり、ジミーは世間から疎外されてしまうのだった・・・。wikiより

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[QUADROPHENIA]



このモッズカルチャーに興味を持った殆どの人間が見ているはずのモッズフィルムの金字塔「さらば青春の光」を初めて観たのは、たしか高校1年生の頃。それから今までに何度か、主にファッションの参考に観たのですが、主人公ジミーの着こなしと喋り方、フェイス役のスティングの田舎臭さなど、それらがどうも苦手で、ぼんやりとした印象しか残っていなかったのですが、最後に見てから既に5年は経過しており、その間シネマハスラーではないけれど多少映画の見方もわかるようになってきた気がするので、今一度映画作品として真面目に見てみようと思いました。結論からいうと、これまでの評価が一転、実に素晴らしい作品でした。そこで今回は手始めとして、この映画をオリジナルモッドと絡めて少し深い話をしてみたいと思います。


2006年に発売されたスペシャルエディションDVDの発売は多くの人にとって事件でした。そのDISC2に収められてある内容はこちら。

・メイキング・オブ・「さらば青春の光」
・監督によるロケ地解説
・ザ・フーとその時代
・キャスティング秘話
・撮影秘話
・時代を超えて
・エンディングシーンを語る

中でも一番衝撃的だったのが、当初、ジミー役の候補にあのセッックスピストルズのジョニー・ロットン(ジョン・ライドン)が挙がっていたということ。

実際に彼はオーディションでセリフテストなどを完璧にこなしたのですが、素行が悪過ぎたために保険会社から許可が下りなかったことは、今年発売されたモッズに関するあれやこれやをA to Z方式に簡潔にまとめた「A to Z of Mod」にも書かれています。

さらにこの本には、ジミーのモデルになった人物として“アイリッシュ・ジャック”が紹介されています。彼はザ・フーの5人目のメンバー(メンバーは4人)としてその名を知られており、バンドとの関係は若きモッド時代から現在に至るまで続いています。また、アイルランド出身のシェパードブッシュエリアのモッド(ジミーもそうですね)で、アイリッシュ・ジャックという名前はザ・フーのマネージャーのキット・ランバートが名付けました。あのリチャード・バーンズの写真集「モッズ!」にも登場しており、<チューインガム・ウィークエンド>という言葉を考えた人物としても紹介されています。

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[IRISH JACK]




さて、このジョニー・ロットンとアイリッシュ・ジャック。
二人の人物に共通するものは一体何だかわかりますか?

そうです。
彼らはともにイギリスに暮らすアイルランド人だったということ。アイルランドとイギリスには長年の確執があり、イギリスにおけるアイルアンド人に対するは差別は大変酷く、根が深い問題だそうです。

ジミーにどこか“孤独な陰り”を感じられるのは、精神的な部分や薬の作用以外にもこうした背景があるのかもしれませんね。仮にこのような“裏”設定があるのだとすれば、そしてキャスティングにthe WHOのメンバーも関係しているのだとすれば、ジミーの候補がアイルランド系のジョニー・ロットンだったというのは妙に納得がいきます。


ちなみに、この映画の軸となるモッズvsロッカーズの抗争。バンクホリデーの度にブライトンをはじめとする海岸で数多く繰り広げられたそうですが、実際にはモダニストの多くがこのような抗争を嫌っており、キッズが参加していたというのが定説です。そのことからも、アイリッシュ・ジャックが暴動に参加した可能性は低いと思いますが、中には暴動に参加したというランディー・コーゼンスのような武闘派(?)モダニストもいたので、実際のところは不明です。FBで本人に聞いてみても面白いかもしれませんね。

続く

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[RANDY COZENS]

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by modthing | 2012-12-29 00:43 | MODS | Comments(0)


先日リリースされ、各方面から大きな反響があったパトリック・フォージ率いるDa Lataの7インチシングル"going underground"。そうです。後にSTYLE COUNCILを結成するポール・ウェラー率いるthe JAMのシングル曲のカバー。



ここでカバーの元となったthe JAMの"going underground"の話を少しすると、

モッズとロッカーズの抗争を軸に1960年代のオリジナルモッズのライフスタイルを描いた映画「さらば青春の光」が本国イギリスで公開されたのが1979年秋。

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the JAM


その半年後にリリースされたこのシングルは、これまでにないくらいのモッドリヴァイヴァル旋風に湧いている状況もあり、バンド初となる全英シングルチャート1位を獲得しました。このシングルを一つの転機として、今までのモッズビートバンドに区切りを付け、翌年にリリースされる「Sound Affects」から82年のラストアルバム「Gift」まで、バンドは音楽的にも商業的にも大きく成長を遂げていきます。



そしてカバーする側のDe Lataのパトリック・フォージはというと、

1980年代中期、カムデンのディングウォールズでの伝説のパーティー「SUNDAY AFTERNOON」でジャイルス・ピーターソンのサポートをしたり、またジャイルス、ボブ・ジョーンズらと「Talkin' Loud and Saying Something」を開催するなどジャズ・ダンス・シーンを定着させたシーン最重要DJの一人。

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Gilles Peterson presents his Legendary Dingwalls Sessions with Patrick Forge 2012


また、ウエストコースト・ジャズの走りともいわれるマイルス・デイヴィスの「Birth of Cool」から取った「Rebirth of Cool」(1991)でみせたコンパイルは、当時のUSヒップホップとUKクラブシーンをジャズで繋ぎ、今でこそ色々なところからJAZZYなヒップホップ・コンピレーションが出ていますが、それをこの時代にやってのけたセンスは驚きそのもの。

そしてスペイン語で"缶"や"スズ"といった意味があるDa Lataというの彼のユニットは、アフロ〜ブラジリアンの特色の強いユニットで、来年リリースされるアルバムから先行してシングルカットされたのが、今回紹介したこの"going underground"だったというわけです。



話を戻して、このシングルいかにもイギリス的だと思いませんか?

カバー元のJAMがイギリスのユース・カルチャー、モッズ(モッドリヴァイヴァル)を代表するバンドであることはもちろんですが、もう一つがサウンドシステムを想起させる中低音のミックスにあります。

<サウンドシステム>
1950年代にジャマイカの首都、キングストンのゲットーで生まれた野外ダンスパーティを提供する移動式の音響設備。1948年から1962年に連邦移民法によって移民が制限されるまで、イギリスに移住するジャマイカ人は年平均3万人を下らなかった。この大量移民時代はサウンドシステムという文化が世界に知れ渡るきっかけともなった。-wikiより-


先月死去したジャマイカ生まれのデューク・ヴィンは、1955年、イギリスに初めてサウンドシステムを導入しR&Bをかけました。また、今や世界的に有名になったノッティングヒル・カーニバルにもこれを持ち込みました。このカーニバルは、1980年からノーマン・ジェイが自身のサウンドシステムGood Timesと共に出演しており、ジャマイカで生まれたサウンドシステムはイギリスから一気に世界中へ知れ渡ることになりました。
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DUKE VIN


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Norman Jay pleasing the crowed of happy heads on the Goodtimes bus at The Nottinghill Carnival 07


そこで主題なのですが、イギリスといえば...そうです。

今週金曜日に開催されるダンスクレイズに、

なんと!

イギリスから日本に来ているAdam Torel氏が急遽ゲストDJ出演することが決定しました!

彼のプロフィールは次の通り。

本物です!

ご期待ください!


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■Adam Torel

長年に渡るレアノーザンソウルコレクションを経て、DJとしても世界中のクラブでの活躍の経験を持つ。本場イギリスでは伝説の100 Club 6ts Allnighterを初め、 Mousetrap, Crossfire, Brighton Weekender, Time Box, Downtown Soulville, Tune Up, Pork and Beans などに参加。そしてイギリスのみならず、アメリカでは Subway Soul Club, ドイツでの The Kings and Queens Weekender, スペインでの Euro YeYe Weekender, そして日本では Nude Restaurant, Tore Up, Stormer, Night Fox Club, Tighten Up への参加など。


Current Top 5 Spins:

The Celebrities – I Choose You (Boss)
Roy Roberts – So Much in Love (Sugar)
Felony Theft – When You Have Love (Foot)
Differences – 5 Minutes (Mon’ca)
Angela Davis – My Love is so Strong (Flaming Arrow)





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■12.21(fri) 21PM start!

■club buddha : http://www.clubbuddha.com/

■前売り : 2000yen(with 2drinks) / 当日:2000yen(with 1drink)

■Mods&60's / SOUL / R&B / JAZZ and more!

■GUEST LIVE SHOW : BLACK NAG

■DJs : TAKU / KITAZIMA / akifumi morimoto / Shogo Hatada / BANNO


■TICKET
<前売りチケット取扱店>
・blues dress L'ESPRIT NOUVEAU 名古屋市中区大須3-23-24
 TEL 052-262-5140

<メールでの前売り予約>
kktpg@jk9.so-net.ne.jp (club buddha) 上記メールアドレスへ【 日付 / イベント名 / チケットの枚数 / お名前 / 連絡先 】を明記して送信してください。予約が完了次第返信いたします。


ファッション・音楽・ダンス・ヴィンテージスクーターなど、
さまざまな要素が融合したモッドイベント「ダンスクレイズ」は、
音楽ファン以外も楽しめる空間となっているのが最大の魅力。
いつもの人はもちろん、初めての人もぜひ足を運んで
リアルな名古屋モッズシーンを体感してみてください。

■ダンスクレイズFBページ
http://www.facebook.com/dancecrazenagoya
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by modthing | 2012-12-18 21:41 | MODS | Comments(0)
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先日発売されたこの「The A to Z of Mod」という本、すでに名古屋モッズシーンでも話題になっていますが、その内容はタイトルのとおりモッドに関係するコンテンツをアルファベット順に並べた、いわばモッド・ディクショナリーともいえるものになっています。モッド関連の著者として有名なパオロ・ヒューイットが、モッドならではの振り幅の広さで選んだ120以上ものコンテンツをテキスト(英文)とカラー写真でわかりやすく解説。そのボリュームはなんと300ページにも及びます。

アマゾンのペーパーブックという括りにしておくにはもったいないくらいのこの本、すべてのモダニストにおすすめします。(<part2>につづく...)



こちらは本国での出版パーティーかな?賑わっています。
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場所はフレッドペリーのようです。
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by modthing | 2012-07-05 01:49 | MODS | Comments(0)
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